たちかわ動物病院Top/メディア一覧 ニャンともツラい猫の嘔吐

2010年9月18日 日本臨床獣医学フォーラム市民講演(ホテルニューオータニ東京)


「ニャンともツラい猫の嘔吐」-腸の粘膜におこる謎の炎症-

PURR-sistent Vomiting 

 Mysterious Inflammation of Intestinal Membrane


太刀川史郎(たちかわ動物病院)

神奈川県秦野市西大竹123−4


講演の目的

1)一般的によくおこる猫の嘔吐の原因を考える

2)腸の粘膜におこる謎の炎症について考える


キーポイント

1)健康な猫でも嘔吐することがある

2)嘔吐する原因は「食事」、「毛玉」、「腸の炎症」に大別される


クライアント指導の要点

1)嘔吐の状態や食事についてご家族とお話しして必要があれば食事を変更する

2)元気がないときや体重の減少がみられたら各種検査をする


要約

 猫が嘔吐する原因を、次の3つに大別すると理解しやすい。

  1. 1.健康な嘔吐 2. 未病の嘔吐 3. 病的な嘔吐 である。

この3つについてみなさんと一緒に考えたいと思う。


キーワード

猫、嘔吐、未病、腸粘膜 謎の炎症



  1. 1.健康な嘔吐

 猫は健康でもよく嘔吐する。一緒に生活していれば猫が吐くところを見たことがある方も多いと思う。吐いた後にケロッとしていたり、再び食べはじめたりすれば大丈夫。健康な嘔吐の原因としては「毛玉」と「食べ物」が多い。


(毛玉で嘔吐するということはどういうこと?

 猫が自分で自分の被毛をペロペロなめてきれいにすることをグルーミングという。グルーミングのときに飲み込んだ毛が毛玉になるとおなかが詰まってしまうので、健康な猫は定期的に吐き戻しておなかの中をきれいにするのだ。


(食べ物で嘔吐するとはどういうこと?

 キャットフードや猫缶を食べた後にも猫はよく嘔吐する。特にドライフードを一度に大量に食べたとき、水を含んでドライフードが膨らむため、胃がビックリして吐いてしまう。食後すぐに吐き戻すときは食べ過ぎやフードが体に合わない事が原因のことが多いようだ。


(治療が必要なの?)

 毛玉を吐き戻した後も、食べ過ぎたドライフードを吐き戻した後もスッキリするので、猫は元気だし、食欲もあることが多い。こういった場合は、特に治療せずに様子を見る。治療が必要なるのは頻繁に吐くときや、嘔吐する前後に元気や食欲がなくなるときだ。なぜ元気がなくなるかと言えば、それはお腹が痛いからなんだ。


  1. 2.未病の嘔吐

 「未病」とは、病気と健康の間にある状態で、健康ではないけれども、まだ病気ではない状態をあらわす東洋医学の言葉だ。未病には健康に近い未病から、病気に近い未病がある。「よく吐く」という自覚症状があっても、検査しても異常が見つからないことが多いがそれは健康に近い未病だからだ。検査に異常がなくとも放置すれば、病気に近い未病になってしまうことが多いので、なぜよく吐くのかを主治医と相談した方がよい。


(過剰なグルーミングは異常のサイン)

 猫のグルーミングには、被毛をきれいにするだけでなく、ストレスを感じたときのリラックス効果もあるようだ。ただ、それが行き過ぎると、人でいうところの、「指しゃぶり」や「爪かじり」のような悪い癖となる。つまり、毛がなくなるまでグルーミングをして、皮膚が見えてしまったり、ひどい場合は皮膚を傷つけてしまうまでなめ続ける。こういった原因には、アレルギーやノミなどで皮膚が痒かったり、膀胱炎や腸炎でおなかが痛くておなかをなめ続けているということもある。引っ越しや家族構成が変わったなどのストレスで過剰なグルーミングをすることもある。そして、結果的におなかの中にたくさんの毛玉ができて頻繁に吐き戻すようになるし、ひどい場合には腸が詰まってしまう。だから、過剰なグルーミングの原因を考えることがとても大事なのだ。


(食べ物を頻繁に吐くのは異常のサイン)

 食べ物を過剰に吐くときは、食べ物が古くないか、カビが生えていないか、ダニがわいていないかをまず考える。次に、食べ物が猫の体に合っていないことも多いので、フードの種類を変えてみることも必要だ。同じものを食べていても、あるときからそのフードに対して体が受け付けなくなってしまうこともある。猫は肉食動物だから、自然界ではネズミやトカゲ、虫などを捕まえて食べている。ところが、一般のドライフードには穀物が多く含まれているから、肉食動物の猫の体にはそもそも合わないのが本当なんだ。


  1. 3.病的な嘔吐

 繰り返す嘔吐を放置すると、胃液によって食道に炎症を起こしてしまうこともある。吐いたものが気管に入って肺炎を起こしてしまうこともある。幽門(ゆうもん)と呼ばれる胃の出口が炎症を起こして狭くなってしまうこともある。膵臓や肝臓は消化液を腸に分泌するために細い管で腸とつながっているから、嘔吐で腸に圧力がかかって、腸のバイ菌が膵臓や肝臓に入り込んで急性の炎症をおこしてしまうこともある。


(腸におこる謎の炎症)

 体に合わない食べ物を食べ続けることで、腸の粘膜に炎症を起こす白血球が集まってきて食べ物に対する過剰反応を起こしてしまう。慢性化した炎症は治療してもなかなかよくならず、膵炎は糖尿病を、肝炎は黄疸を、腸炎は栄養失調をおこしてしまうし、ひどくすると悪性腫瘍が発生する。繰り返す嘔吐が、猫の体にさまざまな病気を引き起こしてしまうのだ。炎症の正体は、本来は自分の体を守るための 白血球と呼ばれる細胞が、逆に自分の腸に炎症を起こしてしまうことによる。治療はこの炎症を起こしている白血球を抑えるために食事を変えたり炎症や免疫を抑える薬を使うのだけど、一度過敏になった白血球から正常の腸粘膜をとり戻すのはとっても難しいんだ。

© 太刀川 史郎 2013