たちかわ動物病院・猫の病院 不妊去勢手術の(デ)メリット

第14回日本臨床獣医学フォーラム2012.9.28看護師講演(ホテルニューオータニ東京):

看護師が説明する不妊去勢手術のメリット・デメリット

Can you explain pros and cons of spay and castration?


太刀川史郎/たちかわ動物病院(神奈川県)


講演の目的

  1. 1.不妊去勢手術をするための注意点を説明できるようにする。
  2. 2. 不妊去勢手術のメリットを説明できるようにする。
  3. 3.不妊去勢手術のデメリットを説明できるようにする。


キーポイント

  1. 1.健康な動物は健康なままお返しする。
  2. 2.手術することで、家庭生活に適応しやすくなり、疾患予防にもなる。
  3. 3.麻酔事故や術後合併症はゼロではない。


要約

不妊去勢手術は全身麻酔下で行うため、術前に身体検査や血液検査などが必要である。入院する前に伝染病のワクチン接種、ノミダニなど寄生虫駆除が必要である。手術は、発情のストレスから解放される事で家庭生活に適応しやすくなり、病気の予防にもなることを目的に行う。健康で入院した動物は健康なまま退院する事が絶対条件であるが、麻酔による事故はゼロではない。手術に対して疑問を持つ人も多いので、手術のメリットばかりを強調するのではなく、デメリットについてもご家族に説明する必要がある。


キーワード

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  1. 1.不妊去勢手術の注意点


「術前の身体検査の重要性」

a. 性別 

来院時に雄か雌かを確認する。雄雌どちらも去勢手術と表現する人もいるし、雄であれば手術はしない、という人もいるので注意する。獣医師は性別の確認と、雄の場合、ふたつの精巣が陰嚢内に降下しているか、陰嚢内になければソケイ部に停留していないかなど診察するので、カルテに記載する。


  1. b.不妊手術

一時的に妊娠を避けたい避妊という意味で来院することもあるので、永久に妊娠が出来なくなる不妊手術である事をご家族に確認する。


  1. c.身体検査および各種検査

元気食欲、排便排尿、歩行など家庭生活で異常はないか丁寧に問診をする。術前に行う血液検査は、貧血がないかどうか、感染症や炎症の指標となる白血球数は正常か、出血をおさえる血小板数は正常か、麻酔薬の分解/排泄能力に関係する肝臓や腎臓に異常はないかなどを検査していることを説明し、全身麻酔するときの血液検査の重要性を理解して頂く。聴診で心臓と肺に異常がないか確認をしている。心臓は血圧に、肺は麻酔薬の排泄などに関係している。必要に応じてレントゲン検査、心電図検査なども行われる。


  1. d.手術適期

犬猫とも3カ月齢から手術可能であるが、通常、犬は5カ月齢以降、猫は4カ月齢以降から最初の発情が来る前までの期間に手術することが良いとされる。幼い犬猫への手術はかわいそうという感情や、早期不妊手術は成長を阻害する可能性について心配されていたが、現在では影響がないことがわかっている。特に、雌は乳腺が発達する最初の発情前に手術する事で乳腺腫瘍の発生を予防する事ができる。


「入院前の感染症予防」

  1. a.伝染病ワクチン

法令で定められている狂犬病ワクチンは3カ月齢以降に接種する。混合ワクチンは推奨されるワクチンプログラムに従う。手術時のワクチン接種は推奨されない。


  1. b.寄生虫駆除

ノミ・ダニなどの外部寄生虫の駆除と予防、お腹の寄生虫の駆除は入院前に済ませておく。


「助成金などの書類作成」

不妊去勢手術に助成金を支給している地域がある。自分たちの病院が該当するか、助成金の申請手順、書類作成などに精通する。


「料金」

不妊去勢手術は、手術費用だけでなく、麻酔費用、入院費用、鎮痛剤などが費用としてかかる。術前の検査やワクチンなども別途必要である。病院によって費用が異なるため、手術前に、検査の重要性、入院日数、手術のメリット・デメリットなどを説明するのと同時に見積額を提示する。


  1. 2.不妊去勢手術のメリット


「望まない妊娠を予防」

平成23年に行われた環境省のインターネット調査資料によると、犬の不妊措置は回答546件中、手術しているが39.6%、手術をしていないが54.2%であった。猫の不妊措置は回答296件中、それぞれ73%、19.6%であった。 平成22年度の環境省の資料では、犬猫の殺処分数(殺処分のうち幼齢個体)は、犬5万2千(9千4百)頭、猫15万3千(9万6千)頭であった。猫への不妊措置率は犬より2倍高いのに、幼齢の猫への殺処分数は犬よりも10倍多い。東京都(H22)では、犬猫の殺処分数(殺処分のうち幼齢個体)は、犬222(0)頭、猫1,957(1,661)頭であった。


「生殖器系の疾患を予防」

乳腺腫瘍は、犬で最も多く発生する腫瘍であり、悪性(ガン)率も高い。初回発情前に不妊去勢手術を行った場合、乳腺腫瘍の発生リスクは未手術の犬に比べて1/200に減少する。猫では、ほとんどの乳腺腫瘍が悪性であるが、犬と同様に不妊手術で発生リスクが低下する。手術していない猫に比べて6か月齢以下で手術した場合91%、1歳齢以下で86%減少する。雌の犬猫では卵巣や子宮の病気の発生予防となり、雄犬では精巣疾患、前立腺肥大、会陰ヘルニア、肛門周囲腺腫、雄猫では精巣疾患の予防となる。


「発情によるストレスを予防」

普段はおとなくしても、繁殖期には性格や行動が激しくなる事がある。 大きな声を出す、脱走する、人を傷つける、同居動物とケンカする、トイレ以外の場所にオシッコをする、元気食欲が低下したりする。外に行ってしまうとケンカや事故などに遭遇する。外で捕獲された犬は年間5万頭以上(H22環境省資料)であるが、繁殖行動に関係していることが多いと考えられている。また、猫の路上における事故なども繁殖行動に関係していることが多い。


  1. 3.不妊去勢手術のデメリット


「全身麻酔のリスク」

全身麻酔下では、心拍数、呼吸数、血圧、体温が変化する。健康であれば問題ない、ということではなく、これらの変化を出来るだけ早く察知し適切に対応する事が大事である。入院によるストレスで著しく興奮しているような場合、通常の麻酔量では効果が不十分なため増量することとなり麻酔リスクが増加する。 手術中は血圧などを生体モニターで監視するが、可視粘膜の色や心臓の音の強さなどを聴診し、器械だけでなく人による監視も大事である。呼吸を助けるための気管チューブの挿管時に気道を傷つけると抜管後に呼吸障害が起こりやすい。気管チューブの固定位置が悪かったり挿管に手間取ると低酸素症が起こることがある。手術前絶食を守らなかったり、前夜に大量の食事を与えて来院した場合、嘔吐によって気管が詰まることもある。麻酔薬に対するアレルギーやショックなどは予知が難しく、発症後すぐ適切に処置をしてもしばしば致死的である。安全な麻酔薬を使用し、麻酔モニターなどを設備することは基本であり、さらには、麻酔事故を未然に防ぐというスタッフの意識、トラブルが起こった時に早く察知し適切に対処する危険察知能力が求められる。全身麻酔のリスクに対応するのは人の注意力とチームワークが最も大事であるといえる。


「手術の合併症」

雌では、卵巣摘出術、卵巣子宮摘出術などを行う。卵巣摘出術では、傷が小さいため手術時間が短く回復が早い。卵巣が残存した場合、再発情や妊娠、子宮蓄膿症などが起こる。卵巣子宮摘出術では、卵巣摘出術に比べて傷が大きいため手術時間が長く、回復が遅くなる。術後の尿失禁、尿管結紮による水腎症、子宮の断端膿瘍などの合併症が報告されている。ただし、卵巣が残存しても妊娠の可能性はない。

雄では、精巣をふたつ摘出するが、特に犬で潜在精巣がしばしば問題となる。陰嚢に降下するのは生後3-10日目であるが、小さいためはっきりしない。生後1か月もするとはっきり触知できるが生後2か月経っても触知出来ない時は潜在精巣とする。後肢付け根のソケイ部に停留している事もあるため仰向けにして触診する。ソケイ部リンパ節と間違う事もあるので腹腔内の超音波検査なども必要となる。潜在精巣を放置すると中齢から高齢になると腫瘍化し、転移や骨髄抑制などを起こすため、早期摘出が必要となる。潜在精巣を摘出したにもかかわらず数年後に精巣腫瘍が腹腔内で発見された事例もあるので術前の身体検査は大事である。


「縫合糸のトラブル」

雄雌共通のトラブルとして、縫合糸の問題がある。血管を結紮する縫合糸に身体が過敏に反応し肉芽腫が形成される事がある。特にダックスフンドの発生が多く、術後数年経ってから発生する事もある。皮膚も縫合糸で縫合するが、糸に身体が反応したり、舐めたりして感染が起こると傷が膿んだり、傷が開いたりする。また、傷が大きい場合、動いた時に痛むため大きな声で泣いたり、元気食欲が低下したりする。術後に激しく動くと傷が開く事もある。


「疼痛管理」

手術後は痛い。犬猫は痛みを感じないと思っている人(獣医師も含めて)もいるが、まちがいである。痛みのためにじっとうずくまり元気食欲がなくなることがある。動いた時に突然泣いたり、散歩中に動かなくなったりする。犬猫が痛い時にどのような行動をとるか、表情をするかをご家族に説明する。手術で鎮痛剤を使用するが、半日程度で効果がなくなってしまうため、退院後も痛みが継続する場合、病院に相談してもらえるようにする。


  1. 4.さいごに


電話などで「おたく、手術いくら?」と名前も名乗らず唐突に聞かれた事もあると思う。料金の安いところを探しているだけのこともあれば、動物病院に来院した事がなく全く何も分からない人もいる。せっかく丁寧に説明しても来院されない事も多いかもしれない。それでも、全身麻酔による手術は細心の注意が必要で、安価に、そして安易にできるものではないことを説明しなければならない。 できるだけ料金の安い病院で手術しようと思っていた人が、あなたの説明であなたの病院に来院する気になってくれるならば、それは動物にとって、とても良い事なので、めげずにがんばって説明して下さい。

© 太刀川 史郎 2013