たちかわ動物病院・好酸球性皮膚炎/メディア

猫の好酸球性皮膚症Eosinophilic Dermatosis : ED

太刀川史郎(たちかわ動物病院)

神奈川県秦野市西大竹123-4

要 約

 猫の好酸球性皮膚症という用語は、ほとんどの場合が抗原刺激に対する皮膚局所への好酸球性の過敏反応としてあらわれた臨床徴候の総称であり、治療には糖質コルチコイドの投薬が一般的である。しかし、EDと鑑別の必要な重大な皮膚疾患もいくつか存在するため、無計画な糖質コルチコイドの投与をしないよう、疾患の特徴と病因について論ずる。


はじめに

 好酸球性肉芽腫症候群(Eosinophilic Granuloma Complex; 以下EGC)は猫でよく知られる皮膚科疾患のひとつである。EGCは臨床的に明確な、以下の3型に分類される。すなわち、無痛性潰瘍(Indolent Ulcer ; IU)、好酸球性プラーク(Eosinophilic Plaque ; EP)、好酸球性肉芽腫(Eosinophilic Glanuloma ; EG)がそれである。しかし、これらは診断名ではなく、臨床的な徴候を言いあらわしたにすぎない。近年の獣医皮膚科学の研究により、EGCの3型に、猫粟粒性皮膚炎(Feline Military Dermatitis ; FMD )、猫の蚊咬傷過敏症(Mosquito Bite Hypersensitivity ; MBH)の2疾患を加えて、好酸球性皮膚症(Eosinophilic Dermatosis ; ED)と呼称する皮膚科専門医もあらわれるようになってきた。


キーワード ; 猫、好酸球性皮膚症、好酸球性肉芽腫症候群、ED


病因(表1.)

 猫のEDは、臨床症状の特徴はよく理解されているが、その病因についてはいまだ不明な部分が多い。全ての疾患に共通するものとして好酸球の皮膚浸潤があげられており、ほとんどの場合、抗原刺激に対する局所への好酸球の過敏反応と理解されている。猫のアレルギー性皮膚疾患は3つのカテゴリーに分類される。すなわち、アトピー性皮膚炎、食事性アレルギー、ノミアレルギーである。猫のEDの病因も3カテゴリーのいずれかに関連づけをすることができるが、全てのEDの病因を過敏反応とするには、次の理由により異論もある。EPとMBH、およびFMDは抗原刺激に対する過敏反応と理解することに異論は少ないと思われる。しかし、EGの原因となるアレルギー抗原が証明されることはほとんどない。IUは、他のEDと併発する場合は、アレルギーによることが多いようであるが、単独で発症する場合は、その発症要因を特定することは困難である。また、Scott(1980, JAAHA)は、同腹の猫に発生したEGを報告し、Pedersen(1988)は、閉鎖されたSPF繁殖猫群においてEGおよびIUの発生頻度が高いことを私見で述べている。これら研究の結果から導かれることは、好酸球の活性化および誘因に対する制御と調節障害に関する遺伝的素因もEDの要因のひとつと考えられている(Power 1998)。


猫粟粒性皮膚炎(Feline Military Dermatitis ; FMD )

FMDは、猫で最もよく見られるEDのひとつであり、その病因にはアレルギーが考えられる。病変は、主に背部、体幹、頭頚部に好発する。特徴は、掻痒性、多発性、丘疹状痂皮として認められる。病変部に小さな硬い丘疹状痂皮が、種子をまぶしたように、手で不快な感触として触ることができ、多くは、皮膚がざらざらすることに猫の飼主が気づいて来院する。掻痒はない場合もあるが、痒みが強い場合、自己損傷による、脱毛、紅斑、出血、びらんが同時にみられる。


好酸球性プラーク(Eosinophilic Plaque ; EP)図1.

 EPは、病因にアレルギーが考えられる。FMDと組織学的に類似するが、臨床的態度は異なっている。病変は、最も一般的には下腹部から大腿部内側、肛門周囲に好発する。特徴は、掻痒性、多発性、紅斑性プラークとして認められる。多くは強い痒みにより、脱毛し、皮膚は糜爛、潰瘍化し、境界明瞭な紅斑性パッチ、あるいはパッチが癒合してプラーク状にみられる。


猫の蚊咬傷過敏症(Mosquito Bite Hypersensitivity ; MBH)図2.

 MBHは、蚊に暴露された猫にしか発生しない。病変は、鼻稜、耳介、眼周囲、乳頭周囲、肉球にみられ、紅斑性の丘疹またはプラークから、痂皮を伴ったびらんまたは潰瘍へと発展する。その特徴的な発生部位から、天疱瘡、エリテマトーデス、扁平上皮癌、日光皮膚炎などの鑑別が重要である。


好酸球性肉芽腫(Eosinophilic Glanuloma ; EG)

 EGは、組織病理学的検査によってはじめて、この用語を正確に用いることができるが、典型的には、大腿部後方あるいは内側に線状に限局性の病変を見つけた場合は、EGと強くいえるかもしれない。しかし、EGは体幹側方にもたまに発生し、肉球や顔を含む全身に発生する。顔面には口唇縁と顎に多く発生し、罹患した猫は腫れた口唇とふくらんだ顎による外見から、「ふくれっ面(図3.)」と称される。口腔内にも潰瘍性あるいは増殖性の口腔内病変として、舌、硬口蓋に発生し、口腔内扁平上皮癌(図4.)との鑑別が重要である。


無痛性潰瘍(Indolent Ulcer ; IU)図5.

 IUは、上唇の中心線上、あるいは上顎犬歯に隣接する部分が疼痛や痒みを伴わずに潰瘍化することが特徴である。IUは、他のEDと併発した場合、アレルギーが基礎にあることを示唆する。IUが単独で発生した場合、病因は不明であることが多いが、扁平上皮癌の前癌病変であるとする報告(Small Animal Dermatology, 6th)や、Microsporum Canis感染の関与を示唆する報告(Moriell ; Vet Med 2003)もある。血液および組織の好酸球増加症は必ずしも多くない。発生部位が唇交連や辺縁、顎に生じた場合、IUとまぎらわしいが、その場合は、EGである事が多い。


診断

ほとんどの皮膚科疾患と同様に、診断は病歴、臨床所見、各種検査所見、治療反応を見て総合的に判断される。これら疾患の臨床的に明らかな特徴から、ほとんどの場合、それで正しい判断であることが多いにもかかわらず、決して、一見の肉眼的特徴のみで判断してはならない。理由は、他の重大な皮膚科疾患がEDの臨床徴候に類似しているからである。すなわち、IUは扁平上皮癌、ウィルス性潰瘍が鑑別診断に含まれる。EPおよびEGは、感染性あるいは異物による肉芽腫、皮膚リンパ腫、扁平上皮癌、肥満細胞腫が鑑別診断に含まれる。


治療

 ほとんどのEDがアレルギーを素因としているので、臨床の現場では、詳細な検査の前にアレルギーに対する診断的治療が初期に行われることが多い。すなわち、外部寄生虫の駆除、除去食、糖質コルチコイドの投与が一般的であろうと思われる。治療反応が良好でないとき、はじめて詳細な検査メニューが検討されるが、外部寄生虫の駆除と除去食の継続は、ある種の疾患の除外診断に役立つと思われる。しかし、糖質コルチコイドの投与は、多くの場合、臨床徴候の改善に役立つが、初回からの無秩序な投薬は、疾患を隠してしまうこともあるし、疾患が増悪することもあるので注意が必要である。


おわりに

 猫のEDは、従来からよく知られている好酸球性肉芽腫群に新たに2型加えたものであるが、著者は、アレルギーを素因とした丘疹あるいはプラークを形成する粟粒性皮膚炎、蚊咬傷過敏症、好酸球性プラーク、そして一部の無痛性潰瘍のグループと、潰瘍あるいは肉芽腫を形成する無痛性潰瘍、好酸球性肉芽腫のグループとの2グループに分けて理解している。後者のグループには、より注意深い観察が必要であると思われる。今後は、多くの症例を集積し、この不可解な疾患群の詳細な検討が望まれる。


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1. 好酸球性皮膚症の病因

 過敏症 

環境アレルゲン

昆虫(ノミ、蚊)

皮膚付属期(遊離ケラチン、毛幹)

消化管内寄生虫

感染性(細菌、真菌)

 ウィルス性

猫ヘルペスウィルス

猫カリシウィルス

猫白血病ウィルス

猫後天性免疫不全ウィルス

 皮膚外部寄生中性

ツメダニ

シラミ

ミミヒゼンダニ

ツツガムシ

 特発性


1. 好酸球性プラーク(Eosinophilic Plaque ; EP)

腹部から大腿部内側に、不定形で限界明瞭な紅斑性プラークが様々な大きさで見られる。痒みが強いため一晩でこのようになってしまう。

2. 猫の蚊咬傷過敏症(Mosquito Bite Hypersensitivity ; MBH)

夏の間、窓を開け放しているため、蚊の侵入が多い室内飼育猫。耳介の丘疹、痂皮、および脱毛が見られる。眼周囲から鼻稜にかけても丘疹がみられた。

3. 好酸球性肉芽腫(Eosinophilic Glanuloma ; EG)

片側の口唇と顎が腫れているため、歯周疾患を鑑別するため精査した。血液検査と顎の腫脹部細胞診で好酸球増多がみられ、唇と顎のEGと診断した。

4. 口腔内扁平上皮癌

口唇交連から口腔内に連続したEDと診断して治療するが、糖質コルチコイドおよび抗生物質に反応しないため組織病理検査を行う。口腔内扁平上皮癌と診断される。

5. 無痛性潰瘍(Indolent Ulcer ; IU)

上唇中心線から左側へ犬歯隣接部までの無痛性潰瘍と、口吻から鼻鏡にいたる紅斑性プラークを認める。舌および硬口蓋のびらんも認める。くしゃみ、鼻水もみられた。インターキャット(猫インターフェロン、東レ株式会社)の連続投与で治癒した。





© 太刀川 史郎 2013