たちかわ動物病院・膵炎/メディア 猫の膵炎とハインツ小体性貧血

猫の膵炎に伴ってみられたハインツ小体性貧血の2例

Two Cases of Heinz Body Anemia with Pancreatitis in cats

         太刀川史郎(たちかわ動物病院)

神奈川県秦野市西大竹123-4

要約

 膵炎を背景に食欲不振に陥った猫2頭が赤血球膜の異常とハインツ小体形成により難治の溶血性貧血を引き起こした。膵炎の治療に加え、酸化剤の投与および輸血を行ったが、赤血球膜の異常とハインツ小体形成は改善しなかった。症例2でアミノ酸製剤とタウリンの補給を行ったところ赤血球膜に改善が見られ、猫の酸化障害に対する有効な治療法のひとつになると考えられた。

<キーワード>猫、ハインツ小体性貧血、アミノ酸製剤、タウリン


はじめに

 ハインツ小体は赤血球内でヘモグロビンが変性し、不溶性になったもので、ハインツ小体を持つ赤血球は循環血液中からいずれ除去される運命にある。しかし、猫ではハインツ小体の除去が不十分なため、健常な猫の循環血液中にハインツ小体を有する赤血球は1-2%存在する2)。猫にハインツ小体形成を誘引する物質は多く知られ、ある種の全身性疾患でもその形成が促進される。ハインツ小体の量、大きさ、状態と赤血球膜に起こるダメージの程度により溶血性貧血が引き起こされる2)。今回、膵炎を背景に慢性的な食欲不振からハインツ小体形成と赤血球膜の異常による性溶血性貧血を発症した猫に遭遇したので報告する。

<症例1>

¬プロフィール:猫、雑種,9歳齢,去勢雄

¬主訴:やせてきた

¬ヒストリー

¬ 現病歴; 1か月前から元気食欲がない。様子を見ていたら元に戻ったが再び元気食欲がなくなり、体重が1kgほど減少した。一度嘔吐したが、下痢はしていない。1か月後に引っ越し予定。

¬ 予防歴:3種混合ワクチン(生後3か月、4か月のみ)

¬ 既往歴:FLUTD.去勢(トキソプラズマ抗体40倍未満)

¬ 生活環境:完全屋内,食事:アイムス中ph

¬初診時所見(2005/8/20):体重;5.1kg,体温;39.8℃.栄養状態;やや悪い、脱水、体重減少.

¬臨床検査所見(2005/8/20)

血液検査で、赤血球に軽度のハインツ小体と中等度の奇形赤血球症を認めた。血液化学検査で、ALTの経度上昇 、Lip, Glu, TG, TChoの中等度上昇を認めた。乳び血症を認めた。

フルクトサミン(μmol/l) 1030

尿検査(自然排尿) USG 1.040以上  pH 6  Pro(+) Glu(+) Ket(-) Sedi(-)

レントゲン検査所見:特記事項認めず

超音波所見:特記事項認めず.

¬臨床診断 膵炎に伴う糖尿病とハインツ小体形成(奇形赤血球症)

¬治療と経過

 脱水の改善を目的とした治療を行ったところ、第2病日には食欲が回復し、尿糖はみられなくなったが、フルクトサミンが著増していたのでインスリングラルギン1U/cat sid-bid投与を始めた。

 第6病日(8/25)に突如、ぐったりし、食欲廃絶、WBCの上昇(30500/μl)、PCVの低下、ハインツ小体形成および奇形赤血球が増加した。膵炎による酸化障害の急性悪化と判断し、膵炎の治療を開始した。 第10病日(8/29)にPCV 9.3 %、WBC 68200/μl、TBil 3.1mg/dlとさらに増悪した。ハインツ小体性溶血性貧血が疑われたので輸血を行い、アセチルシステイン静脈注射など抗酸化剤を投与した。第13病日(9/1)に状態が安定したが、第17病日(9/5)にはPCV 11 %、WBC 42500/μlと増悪し、ハインツ小体数が増加したので第20病日(9/8)に2回目の輸血を行った。

 その後は、インスリンからも離脱し、第50病日(10/4)にはPCV 21 %に改善した。しかし、転居によるストレスで食欲など状態が安定せずハインツ小体形成が漸増し、相関して貧血が進行し、輸血など治療を継続するが死に至った。


<症例2>

¬プロフィール:猫、雑種、2歳齢,去勢雄

¬主訴:やせてきた

¬ヒストリー

¬ 現病歴; 約1か月前(06/4/30)に頻回嘔吐し、ぐったりしていたので来院した。虚脱、脱水がみられ、腹部触診の刺激で嘔吐した。血液検査でPCV 55 %、Lip 1998 U/l、TG 306 mg/dl、Glu 271 mg/dl、Na 137 mmol/l、Cl 94 mmol/lがみられた。膵炎と臨床診断し、改善がみられたので1週間後に退院(体重 5.5 kg)した。その後、自宅で経過観察していたが、最近、食べていないようだ、ということで再来院(2006/6/12)した。

¬ 予防歴:3種混合ワクチン、ノミ予防

¬ 既往歴:外傷

¬ 生活環境:完全屋内,多頭(25頭)。いじめられっこで冷蔵庫の上で生活。

¬初診時所見(2006/6/12)):体重;3.9kg,体温低下.栄養状態;悪化、脱水、虚脱.

¬臨床検査所見(2006/6/12))

血液検査でPCV 16 %, Hg 5.2 g/dl、赤血球に軽度のハインツ小体と中等度の赤血球膜の異常を認めた。血液化学検査で、ALT, ALP, Gluの軽度上昇、Na, Clの軽度減少を認めた。

猫膵リパーゼ(μg/L) *10.0 (参考基準値;2.0-6.8) *血清を冷凍保存し2007年に検査

尿検査(自然排尿) USG 1.040以上  pH 6  Pro(+) Glu(-) Sedi(-)

レントゲン検査所見:特記事項認めず

超音波所見:特記事項認めず.

¬臨床診断 膵炎を背景としたハインツ小体性溶血性貧血(赤血球膜の異常)

¬治療と経過

 第1病日より積極的に膵炎の治療を行い、第2病日に輸血した。輸血後、意識は回復したが状態は良いとはいえなかった。第5病日(6/16)に咽頭チューブを留置した。第14病日(6/26)に PCV 14 %に漸減したので第2回目の輸血を行った。第16病日(7/1)にPCV 20 %まで回復するが、第19病日(7/4)にPCV 18 % 、WBC 58000 /μl、TP 5.7 g/dl、Alb 1.8 g/dlに増悪した。吐物は腸液様で糞臭がした。レントゲン検査で右側上腹部にデンシティの増加がみられ、膵炎の再燃などが疑われた。今回は輸血せずにタウリンとともにアミノ酸製剤(テルフィス;テルモ)を点滴して様子を見たところ、第24病日(7/9)にPCV 25 % 、WBC 28700 /μl、TP 6.6 g/dl、Alb 2.3 g/dlと改善傾向がみられた。オンダンセトロンを継続的に投与していたが咽頭チューブから水や流動食を投与するとほとんど嘔吐した。第33病日(7/22)にPCV 24 % 、WBC 27800 /μl、TP 5.4 g/dl、Alb 2.2 g/dlと安定し、自力飲水し、他の猫と遊ぶようになっていたが、激しく嘔吐した後、吐液を誤嚥し、自宅で死亡した。


¬主治医の意見

 猫のハインツ小体形成の原因物質は多く、プロポフォール、アセトアミノフェン、オニオン(チオサルフェート)、プロピレングリコール(炭水化物食品源、防腐剤)、ベンゾカイン物、フェノール、メチレンブルー、ナフタレン、亜鉛、銅などが知られる。肝リピドーシス、膵炎、糖尿病、甲状腺機能亢進症、リンパ腫などでも引き起こされる事が知られている。

 猫は他の動物種に比べ、ハインツ小体が形成されやすく、除去されにくい。猫ではヘモグロビン4量体ごとに8つの再活性化S-Hヘモグロビングループを有し、そのサイズが犬の2倍、人の4倍もあり1)、S-Hグループの量の増大は酸化障害を受けやすくなるからである。ハインツ小体自体は脾臓の「Pitting」と呼ばれる作用で、狭い脾洞がフィルターの働きをして赤血球そのものが補足されるか、変形能が低下しているため網内系組織を速やかに通過することができず、貪食細胞により認知・破壊され、循環血液中から取り除かれる1)。しかし、洞様毛細血管のない猫の脾臓はハインツ小体を持った赤血球を効率よく補足できずに循環血液中にとどまらせてしまう。溶血は起こったり、起こらなかったりするがハインツ小体が赤血球表面から突出していると捕捉され、溶血されやすくなると考えられる。また、ハインツ小体を形成した赤血球では、通常で60-70日の寿命が50-60日に短縮し、病因にもよるがその寿命が7-8日と極端に短くなることもある。

  グロビン鎖への酸化障害はeccentrocyte(偏心性細胞)として塗沫上に観察することができる。Eccentrocyteは赤血球膜が斜めに結合し、細胞の片側にヘモグロビンが移動し、凹んだ形(ねこの耳細胞by Dr.Takuo Ishida)として外観が形成される。ヘモグロビン鉄の酸化障害は、第一鉄(Fe2+)から第二鉄(Fe3+)状態となり酸素の運搬能力のないメトヘモグロビンが形成される1)。赤血球の酸化障害の最も重要な影響は酸素運搬能力の低下である。これらeccentrocyteは症例2で散見した。

  症例1では、膵炎を背景に糖尿病を発症し、赤血球にハインツ小体が形成された。一時的に全身状態の改善がみられたが、急速に溶血性貧血が引き起こされ、状態が悪化した。輸血を繰り返し、抗酸化剤を投与したが回復には至らなかった。治療途中にインスリンから離脱できたが、引っ越しによる環境の変化もストレスとなったようであり残念であった。食欲が不安定で十分な栄養補給ができなかったことも、全身状態が改善しにくかった大きな要因と思われる。

 症例2では、膵炎による長期間の食欲不振状態から重度の溶血性貧血を引き起こした。溶血の原因に酸化障害によるハインツ小体形成および赤血球膜の異常が考えられた。膵炎の治療、抗酸化剤の投与、および輸血を2回行ったが貧血が進行した。嘔吐により十分な栄養が摂れていなかったため栄養状態の改善を期待してアミノ酸製剤を点滴投与し、抗酸化作用を期待してタウリンの補給も行った。タウリンは胆汁酸分泌に関わるだけでなく、網膜、心臓、生殖、免疫および血小板の諸機能に不可欠で、解毒、膜安定化、浸透圧制御、カルシウム濃度調整などの生理機能や、好中球が殺菌の際に放出する活性酸素や過酸化水素の放出(呼吸バースト)を抑える作用もある。その後の検査でPCVの上昇がみられ、赤血球膜の異常も改善した。タウリンとアミノ酸製剤の投与は食欲不振の猫では、エネルギー源の補給と酸化障害の予防という重要な意味を持ち、猫の赤血球膜を安定化させる有効な治療法のひとつであることを示唆した。しかし、アミノ酸製剤はアシドーシスを悪化させるおそれがあるので重度のケトアシドーシスを伴った糖尿病の猫ではその使用には注意が必要である。その後は状態も回復傾向にあり自力飲水も可能であったが、吐物の誤嚥を起こしてしまった。膵炎の影響で嘔吐が強く、オンダンセトロンなどを自家投与していたが嘔吐のコントロールが十分でなかった。

 最後に、何らかの疾患を有し食欲不振の猫では酸化障害を起こしやすいため、赤血球の形状をよく観察し、早期に抗酸化剤を原疾患の治療に併せて投与する必要がある。今後は症例を集積し、猫の酸化障害に対するアミノ酸製剤およびタウリンの有効性についてさらに検討したい。

参考文献

1)Duncan, Prasse, and Mahaffey. Erythrocytes. Veterinary Laboratory Medicine, 3rd ed. Ames, Iowa State University Press, 1994, pp. 21-34.

2)Robertson JE, Christopher MM, Rogers QR. Heinz body formation in cats fed baby food containing onion powder. J Am Vet Med Assoc. 212:1260-1266. 1998.


CAP2008年1月号 No. 223

猫の膵炎に伴ってみられたハインツ小体性貧血の2例

© 太刀川 史郎 2013