たちかわ動物病院・猫の病院 猫糖尿病の長期管理と合併症

第14回日本臨床獣医学フォーラム2012.9.28獣医師講演(ホテルニューオータニ東京):5年間で糖尿病性ケトアシドーシス,肝リピドーシス,低血糖症を繰り返した猫の糖尿病の管理

Clinical lecture: diabetes. Recurrent diabetic ketoacidosis, hepatic lipidosis and hypoglycemia within 5 years in a cat


太刀川史郎 たちかわしろう

たちかわ動物病院(神奈川県)


要約

10歳齢 去勢雄猫が虚脱と浅速呼吸で来院した。8歳齢時に糖尿病と診断されインスリン治療中であったが、 各種検査で糖尿病性ケトアシドーシスおよび肝リピドーシスと診断した。12歳齢時に意識低下で再来院し、インスリン誘発性低血糖症を発症していた。多発性皮膚肥満細胞腫の発生も認めた。症例は糖尿病関連の合併症をたびたび繰り返しており、インスリン製剤の変更などを検討している。


キーワード 

猫 糖尿病 糖尿病性ケトアシドーシス 肝リピドーシス 低血糖症


プロフィール

10歳齢 去勢雄 猫


主訴 

グッタリしてハアハアしてる


ヒストリー

現病歴:数日前から食欲が低下しており、本日は何も食べていないのでインスリンは投与していない。

既往歴:8歳齢で糖尿病と診断し、 インスリングラルギン(ランタス注オプチクリック持効型300単位/3ml サノフィ・アベンティス株式会社)2単位 bid SC、糖コントロール(ロイヤルカナン)ドライ による治療を2年間行っている。

予防歴:3種混合ワクチン ノミ予防

生活環境:マンション室内生活 同居猫あり

食事: 糖コントロールドライ


身体検査所見

体重:7.5 kg 虚脱 浅速呼吸


臨床検査所見

CBC

RBC(×106/μl)WBC(/μl)8800

Hb(g/dl)10.8   

PCV(%)33

MCHC(%)33     

Plat(103/μl)400

     

   

血液化学検査

TP(g/dl)  7.9BUN(mg/dl)  29

Alb(g/dl)  3.2Cre(mg/dl)       1.0

ALT(U/l) 157Lip(U/l)   1730

AST(U/l) 139TG(mg/dl)         71

ALP(U/L) 224Ca(mg/dl)     10.7

TBil(mg/dl)0.7P(mg/dl)       4.6

Glu(mg/dl) 502Na(mmol/l)  161

TCho(mg/dl) 200K(mmol/l)        4.2

Cl(mmol/l)    119

尿検査(自然排尿)

  Glu (+), Pro(+), pH 5, ケトン(3+), SG:1.040 over

猫膵特異的リパーゼ Spec fPL(μg/L) < 0.5 (< 3.6):アイデックスラボラトリーズ(株)

フルクトサミン(μmol/l) 484 (191-349) :アイデックスラボラトリーズ(株)

糖化アルブミン(%) 43.5(6.7-16.1) :モノリス(株)

FNA;肝細胞腫大と空胞変性を認めた。


診断

糖尿病性ケトアシドーシスおよび肝リピドーシス


治療と経過1

生理食塩液100ml+ノボリンR注40(生合成ヒト中性インスリン注射液40単位/1 ml) 2単位: 20ml/h(R インスリン0.05 U/kg/h) IV 。

ファモチジン(10mg/2ml) 0.8ml bid IV ,  ゾフラン(オンダンセトロン4mg/2ml A)0.4ml IV。治療開始後8時間の検査で低リン血症が見られたのでリン酸二カリウム補正液1 mEq/ml(大塚製薬(株))を生理食塩液に希釈しK+(右肩)およびHP42-(右肩)がともに20mEq/Lとなるように調節した。 



咽頭チューブ

脱水を補正し、血糖値も漸減したがグッタリしたまま食欲がないので咽頭チューブを留置した。フェンタニル注射液0.25mg「ヤンセン」10μg IV, ミダゾラム注10mg「サンド」0.5mg IV、イソフルラン3.0%マスク導入後気管内チューブ挿管した。

尿ケトンが消失し、自力で食事できるようなってから抜チューブし退院した。朝、自宅で朝食後にインスリンを注射して来院し血糖曲線を作成した。


血糖曲線


治療方針

ランタス5単位/headでは低血糖症に陥った。ランタス3単位/head bid投与にて様子を見ることとした。その後も、一時的な高血糖症や体調不良がみられたが、尿ケトンは見られなかった。


治療と経過2

糖尿病と診断・治療を開始してから4年後の12歳齢時に、ボーッとして食べない、

という主訴で来院した。体重8.1kg、虚脱、浅速呼吸が見られた。

CBC

RBC(×106/μl)WBC(/μl)9500

Hb(g/dl)12.6Band-N   0

PCV(%)39Seg-N6555

MCHC(%)33  Lym        1425

Plat(k/μl)418Mon 475

  Eos          1045

   

血液化学検査

TP(g/dl)8.2      BUN(mg/dl) 31

Alb(g/dl)3.6      Cre(mg/dl) 1.0

ALT(U/l)60      Lip(U/l)1100

AST(U/l)35      TG(mg/dl)    66

ALP(U/L)122      Ca(mg/dl)10.1

TBil(mg/dl)0.2P(mg/dl)2.7

Glu(mg/dl) 46Na(mmol/l) 164

TCho(mg/dl) 203K(mmol/l) 3.5

Cl(mmol/l)    125

診断

インスリン誘発性低血糖症


治療

ソルデム3維持液(テルモ)20m/kg/h IV




糖化アルブミン(%) 30.9(6.7-16.1)  :モノリス(株)

猫膵特異的リパーゼ (μg/L) Spec fPL 1.4 (< 3.6):アイデックスラボラトリーズ(株)

フルクトサミン(μmol/l) 427(191-349) :アイデックスラボラトリーズ(株)


治療方針

ランタス3単位/head bidで投与していたが低血糖症を引き起こしたので2単位/head bidで投与することとした。その後も糖尿病性ケトアシドーシス,肝リピドーシス,低血糖症に陥り入院治療を行った。治療中に、 多発性皮膚肥満細胞腫の発生を認め、増悪時に短期プレドニゾロン投与を行っている。


主治医の意見

糖尿病の治療中にみられる緊急疾患は、糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)、高血糖性高浸透圧症(HHS)、インスリン誘発性低血糖症である。これらすべての病態は集中治療処置が必要であるが、適切な治療を受けたとしても致命的結末に至る可能性がある。これら病態に肝リピドーシスを併発した場合、さらに回復は困難となる。 糖尿病性ケトアシドーシスの猫でおこる合併症は肝リピドーシス、急性膵炎、細菌・ウイルス感染症、腫瘍が挙げられる。本例は、糖尿病と診断されてから糖尿病性ケトアシドーシス,肝リピドーシス,低血糖症を繰り返している。糖尿病性ケトアシドーシスに肝リピドーシスの合併が認められたが急性膵炎の発症があったかどうかは不明であった。 肥満細胞腫の増悪時にプレドニゾロンを短期に投薬しているが、糖尿病状態の悪化時期とは一致していない。 糖尿病状態が不安定な背景に、環境の問題があるかもしれないし、インスリン製剤に原因があれば種類を変更する事も考慮しなければならない。


© 太刀川 史郎 2013