皮膚の仕組みと薬用シャンプー

2017日本臨床獣医学フォーラム(ニューオータニ東京)2017.9.17

The 皮膚病 実践!皮膚病ケアのアドバイス

皮膚のしくみと薬用シャンプーの使い方

Learn more about Structure of the Skin and Medicated Shampoo

 

太刀川史郎

たちかわ動物病院(神奈川県)

 

講演の目的

1.    皮膚の仕組みと働きについて学ぼう

2.    薬用シャンプーの使い方について学ぼう

 

キーポイント

1.    皮膚の役割は,保湿とバリア機能だ

2.    薬用シャンプーは皮膚の保湿とバリア機能を助けるために使う

 

クライアント指導の要点

 薬用シャンプーは,体と被毛についた汚れを落とすことだけが目的ではない.

薬用シャンプーは皮膚病の治療薬のひとつである.皮膚病の原因は様々で,原因によって治療法は異なる.皮膚病は皮膚角質の異常などによって,細菌,真菌,酵母,寄生虫などの感染症,アレルギー,脂漏症などが引き起こされるので適切な薬用シャンプーを選択しなければならない.体の部位によって,季節によって使用する薬用シャンプーは異なるため,獣医師の診察が必要なことをご家族に説明しなければならない.

 

要約

 皮膚の大事な役割は保湿とバリア機能である.表皮角質層が水分を保持するためにはアミノ酸などの天然保湿因子や,セラミドなどの細胞間脂質が重要である.保湿が十分でないと皮膚が乾燥し,感染やアレルギーなどが生じる原因となる.皮膚病が生じたときに薬用シャンプーが処方されるが,皮膚病の原因やその目的によって使用される薬用シャンプーは異なる.本講演では,皮膚の仕組みを理解し,適切な薬用シャンプーの使い方を学ぶ.

キーワード:皮膚の仕組み バリア機能 保湿 薬用シャンプー

 

1. 皮膚の仕組みと働きについて

 

「皮膚は水分を保持し,体を守るバリアの役目がある」

 皮膚は体内の水分蒸発を防ぐため粘膜が変化した組織であり,体を守るバリア機能も有している.皮膚は水の中の生活から陸への生活に変わったことで獲得した進化の結果である.

 皮膚は3層からなり,外部と接している最外側を表皮,その下に真皮,そして皮下組織に分けられる.これらの層は解剖学的に発生が異なるため境界明瞭でその機能も異なる.表皮と真皮は基底膜により境界がはっきりとしている.表皮は上皮組織のひとつである角化重層扁平上皮と呼ばれ,真皮は結合組織から成る.表皮と真皮の境界部は直線ではなく波状で,指と指が重なったような構造を示し,基底膜の下にはコラーゲン線維が半フック状に存在し,真皮のコラーゲン線維と強固に結合している.これは表皮と真皮が簡単にはがれないよう摩擦やズレに対応しているものと考えられている.そして,真皮に存在する汗腺,脂腺,毛包は表皮を貫通して外界への通り道となっている.不思議なことに表皮に血管はなく,その意味するところは表皮までの傷であれば出血しない,ということである.皮膚は粘膜から変化したと説明したが,粘膜は脆く出血しやすいが,皮膚はぶつけたり,こすったり,引っ掻いたりしたぐらいで出血しないような構造に進化し陸の生活に適応している.表皮はさらに4層からなり,外側から角質層,顆粒層,有棘層,基底層に分けられる.皮膚の最も重要な働きはバリア機能であり,表皮最外層の角質層がその役目の大部分を担っており,空気による乾燥から細胞を守っている.角質層の内側の顆粒層は細胞と細胞の隙間をぴったりとシールするタイトジャンクションと呼ばれるバリア機能を持つ.表皮の95%(80-95%)がケラチノサイト(表皮角化細胞)と呼ばれる細胞によって構成され,自己再生,ターンオーバーを繰り返し,最終的に皮膚最外層である角質層を形成する.角質層の細胞はケラチノサイトと区別されコルネオサイトとも呼称される.コルネオサイトは細胞核が自己消化され,細胞学的には死細胞となり,固く,鎧のように皮膚最外層を被う.役目を終えたコルネオサイトは皮膚から脱落し,一般に「フケ」と呼ばれ垢(アカ)となる.フケは不潔の代名詞みたいに思われているが,実は我々の体を守ったバリアの残骸なのだ.角質層は酸に対しては抵抗があるが,アルカリ(石けん水など)

状態では膨化する.角質形成はビタミンAにより調節されているので,ビタミンAが不足すると過剰な角質形成が起こる.

 表皮を構成する細胞はほかにメラニン細胞,ランゲルハンス細胞,メルケル細胞がある.メラニン細胞は基底層に存在し,通常は紡錘状だが紫外線などの刺激を受けると活性化し,アメーバのように形を変え,木の枝を拡げたような樹状突起と呼ばれる触手が細胞間隙を通り有棘層の中層まで達している.メラニン細胞はメラノソーム内でメラニンと呼ばれる黒色顆粒を産生する.樹状突起先端に移動したメラニンを含有したメラノソームは突起ごとケラチノサイトに取り込まれ(エンドサイトーシス),細胞核の上に集まり,あたかも傘をさしているかのように核帽(メラニンキャップ)を形成して核のDNAを紫外線から守る役目をする.ランゲルハンス細胞は免疫に関与し,メルケル細胞は触覚を伝える神経の末端部に存在し,表皮の上からの圧力や側面からの引っぱりによる皮膚表面の変形を感じる感覚器官として働く.

 

「ターンオーバー」

 角化細胞が基底細胞層で分裂し,最終的にフケとなって脱落していく過程をターンオーバーという.ターンオーバーが促進されると脱落する角化細胞が増え,未熟な角化細胞が外界にさらされるようになる.これは皮膚バリア機能が低下することを意味しており,乾燥,感染,アレルギーなどが生じやすくなる.

 

「角質層には絶えず水分が補給されている」

 皮膚の水分含有量は約70%で,皮膚最外層の角質層は20-30%といわれる.角質層へは体内から絶えず水分が供給され,角質層表面から外界に水分が蒸発している.角質細胞内にはアミノ酸などの天然保湿因子(NMF)が存在し,水分を保持し,吸収する能力を持っている.角質層の水分保持機能は,最外層で低く,中層で高く,下層で低い.下層で低い理由は,下層の角質層細胞は新人のため天然の保湿因子が少ないためである.ターンオーバーが早くなると皮膚が乾燥しやすくなるのはこの理由のためである. 角質細胞表面はタンパク質の膜で覆われ,そこにセラミド,コレステロール,遊離脂肪酸が結合し,細胞間脂質を形成する.細胞間脂質の量と肌の状態は関係性が大きく,角質細胞がレンガで細胞間脂質がセメントに例えられる.角質層の水分のほとんどが角質細胞内にあるが,細胞間脂質を作る脂質層間に少量の水(水層)がにじみ出ているという研究がある.

 角質層の真下の顆粒層の水分含有量は高く,顆粒層で細胞接着に寄与しているタイトジャンクションが,皮膚中の水分保持機能において重要な役割を果たしていると考えられている.

 水分保持機能に影響を及ぼすのは,外気の乾燥,紫外線,ストレス,加齢などがある.加齢で皮膚が乾燥しやすくなる理由は,老化でターンオーバーは延長しやすくなるため,角質層の層数が増し,体内から補給される水分が減り,水分保持機能も低下することから乾燥しやすくなる.

 

「天然保湿因子(ナチュラル・モイスチャライジング・ファクター:NMF)」

 健康な角質層中の水分は20-30%といわれ,20%より少なくなると乾燥が目立つようになる.角質細胞間脂質のセラミド,コレステロール,遊離脂肪酸や,天然保湿因子のアミノ酸,乳酸,ピロリドンカルボン酸(PCA),尿素,ヒアルロン酸は水と結合し,皮膚表面を柔軟で滑らかにしている.角質細胞間脂質や天然保湿因子が少なくなると,皮膚は乾燥し,硬くなり,ひび割れを起こし,環境中の異物タンパク質が表皮から真皮に侵入してアレルギー反応を起こすようになり,細菌などの感染も起こりやすくなる.天然保湿因子はpH保持にも関与し,周囲のpHを下げる作用があるため,保湿因子が十分でないと皮膚環境のpHが上昇する.pHが上昇すると,細胞間を接着する役割を持つデスモゾームが破壊されやすくなり,角質細胞をとりまく脂肪層を構成するセラミドの産生も低下する.アトピー性皮膚炎の患者では,健常者の皮膚に比べセラミドが著しく少なく,経皮水分蒸発量が多いことから,細胞間脂質の減少と皮膚バリア機能の低下は関連しているといわれる.セラミドの分解産物であるスフィンゴシンは抗菌ペプチドとしての役割があり,一部の薬用シャンプーに含まれている.

 

「皮膚は体の場所で異なる機能を持つ」

 皮膚はどこでも基本的に同じ構造だが,体の場所によって,表皮の厚さ,強度,柔軟性,被毛の密度と種類,腺の密度と種類,色素沈着,血管分布,神経分布が異なる.例えば,背中の皮膚と肉球の皮膚では機能の違いにより構造に大きな違いが見られる.このことは体の部位によってもシャンプーの種類(機能)を変えなければならないことを意味している.

 

2.      薬用シャンプーの種類と働き

 

「保湿作用」体の水分を皮膚表面に吸い上げ,皮膚を浸潤させる.

乳酸ナトリウム,尿素,カルボキシル酸,プロピレングリコール,グリセリン,コロイドオートミール,ソルビトール,

 

「軟化作用」ケラチノサイト間に脂質を補給する.

植物性油脂(ココナッツオイル,アーモンドオイル,サフラワーオイル,オリーブオイル),動物性油脂(ラノリン)

 

「抗菌作用」細菌性膿皮症に有効.

過酸化ベンゾイル,クロルへキシジン,ポピドンヨード,トリクロサン,乳酸エチル

 

「抗真菌作用」真菌性皮膚炎に有効.

クロルへキシジン,ポピドンヨード,硫黄,ケトコナゾール,ミコナゾール

 

「抗脂漏作用」余分な角質層を排除し,角質層の過剰な生成を抑える.

過酸化ベンゾイル,タール,サルチル酸,硫化セレニウム,フィトスフィンゴシン

 

「止痒作用」アトピー皮膚炎などによる痒みを抑える.

オートミール,ブラモキシン,コロイド状オーツ,アロエベラ,1%ヒドロコルチゾン

 

「殺ノミ」ノミなど外部寄生虫を駆除する.

有機リン系,ピレスロイド系

 

「薬効成分残留促進テクノロジー」

スフェルライト:植物由来の多層性界面活性剤で,直径1マイクロメートル(1mmの千分の1)のスフェルライト中に保湿成分,精油,水分,脂溶性ビタミンなどの有効成分が含まれ,それぞれの層が溶けるとともに8日以上かけてゆっくりと放出される.

 

3.    スキンケア

 薬用シャンプー剤を利用したスキンケアは動物に対する副作用が少なく,皮膚病の治療のひとつとして大事である.シャンプーテラピーは,アトピー性皮膚炎,細菌性皮膚炎,真菌性皮膚炎,皮膚の乾燥,フケ症,皮膚のベタベタ,止痒,殺ノミなどに効果を発揮する.シャンプセラピーは獣医師の正しい指導の元に行われなければならない.

© 太刀川 史郎 2013