猫の腫瘍随伴性脱毛症 たちかわ動物病院・猫の病院 


Feline Paraneoplastic Alopecia(FPA)

猫腫瘍随伴性脱毛症;肝癌、胆管癌、膵癌に伴った猫の脱毛症


 この症候群は主に老齢猫にみられ,急速に進行することが多い。膵臓癌,胆管癌に関連して報告されている。腹側の脱毛として始まることが多く,やがて四肢に進行する。皮膚角質層の剥離によると思われるが、皮膚は「glistenキラキラ輝く」と報告されている。この疾患の猫のほとんどが食欲不振と体重減少で来院し,一部の症例では掻痒も見られる。毛は容易に抜け,罹患した猫は扱う時に痛みを伴う事がある。加えて,肉球への波及もよく見られる。罹患した肉球は痛みがあり乾燥し,痂皮を形成し,亀裂が見られるが,紅斑性に湿潤していることもある。FPAは非掻痒性疾患であるが二次性のマラセチア感染を伴うと掻痒が起こることが報告されている。ある研究では7-15例のケースで病理組織学的にマラセチアがFPAに関連して認められたとされる。血液検査では正常値内に収まることが多いが,腹部超音波検査で腫瘍の存在が明らかになることが多い。腫瘍は肝ガン,膵臓癌,胆管癌の報告がある。皮膚病理組織学的検査で重度の毛包や付属期萎縮をともなう非瘢痕性脱毛が見られる。影響を受けた毛包は毛球が萎縮する。特異的所見は少なくひはく化を伴う中等度の表皮角化と過形成,角質層の消失,軽度の斑状錯角化,単核球を主体とした表皮における血管周囲性に炎症性細胞浸潤が見られる。臨床的な鑑別診断は副腎皮質機能亢進症,甲状腺機能亢進症,皮膚糸状菌症,毛包虫症,自己誘発性脱毛症,休止期脱毛,猫対称性脱毛症,境界脱毛である。臨床でみられる特異的所見は診断テストと同様にこれら疾患を除外診断するのに重要である。診断テストにはACTH刺激試験,甲状腺検査,真菌培養,皮膚スクレーピング,トリコグラム,皮膚生検がある。もしFPAが疑われるならば,腹部のレントゲン・超音波検査や肺転移を評価するための胸部レントゲン検査は重要である。試験開腹による組織生検は腫瘍診断を裏付けるために必要である。膵外分泌や胆道系の腫瘍性疾患は猫ではまれである。ほとんどのケースでこの病気は診断されたときに遠隔転移しており,肝,リンパ節,他の腹部組織,肺にみられるため,予後は深刻である。猫14頭のうち12頭が臨床徴候がみられてから8週間以内に死亡,あるいは安楽殺されている。グルココルチコイドで治療された猫では皮膚病変は好転することはない。FPAを管理できることはほとんどなく,ほとんどの猫が診断前に,あるいは病気が進行性であるため診断時に安楽殺されている。充実性膵臓腫瘍の1例で外科摘出後にFPAと診断されたケースが論文として報告された。



Feline Thymoma-Associated Exfoliative Dermatitis

猫胸腺腫関連性剥離性皮膚炎;胸腺腫瘍に伴った猫の皮膚炎


 猫の腫瘍随伴性剥離性皮膚炎が胸腺腫に関連して報告された。多くのケースの中で10数例が臨床的あるいは病理組織学的に認められた。臨床的には皮膚剥離と落屑による皮膚のび漫性紅斑が見られた。興味のあることに,人の胸腺腫に関連した剥離性皮膚炎は報告されていない。獣医領域で報告された猫の剥離性皮膚炎のすべてが胸腺腫を伴っていた。一部の症例では皮膚糸状菌症,膿皮症,マラセチア感染症のような二次的な日和見感染症が併発し剥離性病変を臨床的に助長していた。猫の胸腺関連性剥離性皮膚炎は通常,非掻痒性落屑と軽度の紅斑が頭部,耳介に一見健康そうな猫に当初は見られる。漸次,病変は全身に拡大し,落屑がひどくなり,脱毛が起こる。茶色でべとついた角化脂腺屑が指間,爪の根本,外耳道に蓄積する。痂皮と潰瘍が起こる。掻痒はあったりなかったりだが,猫に多いのはマラセチア感染症である。病理組織学的に,皮膚病変はCD3陽性のリンパ球を主体とし,軽度の肥満細胞と形質細胞が境界皮膚炎のパターンとして特徴づけられる。表皮基底層で角質細胞の水腫性変性が見られる。漏斗部壁細胞にリンパ球が浸潤し,脂腺の消失,あるいは数の減少が報告されている。ほとんどのケースで細胞の数が貧弱であるとされるが皮膚病変に細胞が豊富なタイプもいくつか報告されている。アポトーシスをおこしている角化細胞が表皮と毛包の漏斗部に見られる。これら組織学的変化はヒストリー,身体検査所見に相関し,一般検査,皮膚スクレーピング,トリコグラム,細胞診が陰性であることは臨床家に腫瘍随伴性皮膚症であるとの警告を与えるべきで前縦隔の評価が精査されるべきである。もし胸腺腫関連性剥離性皮膚炎との診断が疑われたならば胸部レントゲン検査を行うべきである。レントゲンでは前縦隔に大小様々なマスを認め,時折肺の浸出液を認め,それは診断を支持する。確認のため経胸腔的なFNAとマスのコア生検が超音波ガイド下で安全に行われる。多くのケースが安楽殺されるので予後は様々である。一方で、胸腺腫の外科切除が行われることもある。早期の検出と,腫瘍の徴候を示している剥離性皮膚炎の徴候は生存期間に影響することを示唆している。腫瘍が非浸潤性で容易に外科摘出できるなら予後は良く,中央生存期間はほぼ2年である。対照的に,浸潤性の腫瘍の場合,術中死がおおく,回復率は12%前後である。不幸なことに,CTのような高度な画像診断の手法を用いても術前に外科的に摘出可能かどうかを断言することは難しい。転移はまれである。

胸腺腫関連性剥離性皮膚炎の機序は不明である。境界皮膚炎とリンパ球浸潤の所見が猫において腫瘍を誘発する免疫介在性の過程であることに関連すると示唆する。異常な胸腺は結果として異常な免疫反応であるといえるが,しかしながら,自己抗体の産生の仮説は表皮抗原の交差反応がまだ良くわかっていないし文書にもなっていない。

© 太刀川 史郎 2013