子猫の眼感染症 猫の病院 たちかわ犬猫病院

WJVF第7回大会動物看護師講演ニューオータニ大阪(2016.7.8)


「ためになる子猫学」

先生,大変です!子猫がグッタリして目がひどいことになっています

〜子猫の上部呼吸器感染症の見分け方と消毒法〜

 

Upper Respiratory Infections and Supportive Care in Neonatal Kittens

 

 

太刀川史郎

たちかわ動物病院

 

目的

1.    子猫の上部呼吸器感染症の見分け方と消毒法について.

2.    子猫がグッタリしているときの対応について.

 

キーポイント

1.    子猫の感染症はスタッフが伝染させている事が多いので消毒について理解する.

2.    子猫がグッタリしているときは,低体温,脱水,低血糖に注意する.

 

クライアント指導の要点

1.    子猫の目ヤニや鼻詰まりの原因の多くは感染症で,他猫への伝染力が強い.猫同士の接触以外に,家族や動物病院スタッフが感染を拡大している事も多いので,消毒法について理解する.

2.    グッタリしている子猫に無理に水やミルクを飲ませると,嘔吐や誤嚥(ごえん)をおこし,ますます状態が悪くなる事が多いので,対応法を理解する.

 

要約

 子猫が保護された時,眼脂や鼻汁を認め,グッタリとしている事が多い.眼脂や鼻汁の原因は,一般的に,猫ヘルペスウイルス1,猫カリシウイルス,クラミジアなどの感染症で,多くは複合感染している.保護された子猫の感染症が,動物病院内に入院している猫に感染しないように感染経路と消毒法について知っていなければならない.感染症が原因で子猫はミルクを飲む力が弱くなり,衰弱しグッタリとするので,その対応について知っていなければならない.

 

キーワード:

子猫学 子猫の上部呼吸器感染症 グッタリしている子猫の対応法

 

1.    子猫の上部呼吸器感染症の見分け方(表1)

子猫の上部呼吸器感染症は,猫カリシウイルス(FCV)と猫ヘルペスウイルス1(FHV-1)が一次感染で結膜炎などを起こし,二次感染でChlamydophila felis, Mycoplasma felis,  Bordetella bronchisepticaなどの細菌感染が症状を悪化させる.

 

「猫カリシウイルス(FCV)感染症」

 国内猫のFCVの感染率はFHV-1よりも高く,抗原陽性率は夏場に上昇するといわれる(7).感染経路は,猫同士による直接接触感染や,飛沫と一般媒介物による間接接触感染が主要な経路である.ウイルスは,口腔粘膜,鼻粘膜,結膜から侵入し,同組織で増殖する.ウイルスの株によっては肺や関節のマクロファージに感染する. 臨床徴候は,3-4日の潜伏期間後に発熱が起こり,眼脂や鼻汁がみられる.その後,口腔内に潰瘍が認められる.他の臨床徴候なしに舌,硬口蓋,口唇などに潰瘍が認められる事もある.通常,元気や食欲に変化はない.移動性関節炎による跛行も稀にみられ,慢性口内炎(1),特発性膀胱炎(4)の原因としても疑われている.

 

「猫ヘルペスウイルス1(FHV-1)感染症」

 抗原陽性率は冬場に上昇する(7).感染経路は,猫同士による直接接触感染や,飛沫と一般媒介物による間接接触感染が主要な経路である.ウイルスは,口腔粘膜,鼻粘膜,結膜から侵入し,鼻中隔,鼻甲介,鼻咽頭,扁桃の粘膜で増殖する.急性期には眼組織や神経組織でウイルスが増殖し,三叉神経にとどまり,急性感染から回復した猫のほぼすべてがキャリアとなる.ストレスや出産でウイルスを再排泄し,他猫の感染源となる.臨床徴候は,鼻炎が主で,漿液性,膿性鼻汁を伴うくしゃみが必発する.結膜炎および角膜炎がみられ,樹枝状角膜潰瘍はFHV-1に特徴的な徴候である.壊死性気管支肺炎や非化膿性髄膜脳炎も報告されている(3).

 

「クラミジア感染症」

 原因はChlamydophila felisで,宿主細胞内でのみ増殖可能なグラム陰性の偏性細胞内寄生菌である.一般細菌に有効なβ-ラクタム系抗生物質(ペニシリン系,セフェム系など)が無効である事が重要である.クラミジアは宿主細胞外では生存できないため,伝播には猫同士による密接な直接接触が必要で,特に眼分泌物がもっとも重要である.感染直後に一過性の発熱が認められる事がある.片側性眼疾患から数日後に両側性に進行する.極度の瞬膜充血,不快感を伴う強度の結膜炎および結膜浮腫,眼瞼けいれんが認められる.結膜浮腫は,クラミジア感染症に特徴的である.結膜感染後,7-14日の間に細胞質内封入体が形成され,存在すれば容易にわかるが,形成時期が短いため発見は困難であり,他の封入体との鑑別は不可能である.呼吸器症状は起こしにくいので,呼吸器症状が見られる猫で眼症状がなければクラミジア感染は否定してもよい.

 

2. 消毒

 病原体を体内に持続的に保持しながら,症状を呈さない状態の猫を「キャリア(病原体を運ぶもの)」と呼称する.キャリア猫はストレスでウイルスを排泄するといわれる.すなわち,FHV-1キャリア猫は,入院,ケージの移動,新しい家庭に導入時,などにウイルスを排泄しはじめることが知られている(5).多くの猫がFCVおよびFHV-1のキャリアであるため,子猫を家庭に導入した場合,最低2週間は部屋から部屋への移動はしない.病院では入院ケージの移動はしない.消毒はケージ全体を消毒せずに汚れたところだけ拭き取る「スポットクリーニング」とし,タオル等も汚れない限り交換しない.食器やトイレ等は専用のものを用意し,トイレを他猫と共有しない.猫のストレスを和らげるための手段として,スタッフを専任にして猫に慣らすと良い.ケージ内に隠れ場所を作るのも良い方法である.必要に応じて,上衣,手袋を使用する.犬や騒がしい環境からは別離する.

 

「猫カリシウイルス(FCV)感染症」

 FCVは環境中で抵抗力が強く28日間生存する.アルコールでも条件によって不活化されるが2 000 ppmの次亜塩素酸塩(100倍のビルコンSに相当)の使用が望ましい.塵埃(じんあい)による空気感染や間接接触感染に対しては環境消毒が主となる.スタッフの手指消毒が不十分な場合や,衣服や靴等に付着したウイルスは容易に拡大する.

 

「猫ヘルペスウイルス1(FHV-1)感染症」

 FHV-1は環境中での抵抗性は弱く,通常の洗剤で不活化される.しかし,鼻汁や唾液に覆われていると消毒剤が浸透せず,最大18時間も活性が持続する.そのため,鼻汁など汚染物の物理的除去が最大の消毒法となる.感染力が強いため,スタッフの手指消毒が不十分な場合や,衣服や靴等に付着したウイルスは容易に拡大する.

 

「クラミジア感染症」

 クラミジアは外界では生存できないが,感染後,結膜から60日間の排泄が認められ,持続感染になる猫もいる.実験では215日までC. felisが分離されている(6).結膜炎を有する猫が他の猫に接触する事を禁止し,過去に結膜炎の病歴がある猫を触った後の手指消毒が極めて大事である.

 

3.    子猫がグッタリしているときの対応について

 子猫が母猫とはぐれて迷子になったり,ミルクを飲めない状況が続くと脱水し,子猫は体温を維持できないため低体温となる.血糖値が低下すると活動が抑えられ,ひどい場合は痙攣発作を起こして死亡する.

 

「子猫の脱水症」

子猫は脱水に陥りやすい.新生猫はミルク摂取量が足りなかったり,過剰な水分喪失で脱水に陥る.成猫に比べて体重当たりの水分構成比が高く,未成熟な腎臓,肺,皮膚からの水分喪失量が大きい.新生猫の水分要求量130-220 ml/kg/24hrに対して,成猫50-65 ml/kg/24hrといわれる(2).

 

「子猫の低体温症」

 子猫は低体温症に陥りやすい.新生猫の体温調節機能は未発達であり,外界の低気温に対して末梢血管の収縮が不十分である.成猫に比べて体脂肪が少なく,また体重に比べて体表面積が広いことなども体温を失いやすい理由となる.低体温症は胃腸の動きが悪くなり,栄養素の吸収率が低下する.ひどいばあいは,イレウス等を引き起こす.

 

「子猫の低血糖症」

 子猫は低血糖症に陥りやすい.新生猫のエネルギー要求量は成猫に比べて2-3倍高く,未成熟な肝臓はエネルギー貯蔵量が少なく,エネルギー産生能力が低いことが理由である.

 

「グッタリしている子猫の対応法」

 まず暖める.段ボール箱やペットケージ等に湯たんぽやヒーターなどを入れる.尿が漏れて身体が濡れて冷えないようにペットシートを重ね,タオルを敷く.動くことができない子猫の低温火傷に注意する.寝床の温度は34-36℃, 湿度は50-60%を維持する.ぐったりとしている子猫は脱水していることが多いので,暖めた乳酸リンゲル液を皮下に補液する.必要に応じて2.5-5%の糖を添加する.血管が確保できたら,40-50 ml/kg/dayで点滴する.ショック時には40ml/kg /hrで点滴する.子猫の糖要求量は成猫の2-3倍もあるため,容易に低血糖に陥る.経口では,暖めた5-10%の糖液(10 mlの水に砂糖を約0.5-1.0グラム)を1時間当たり1-2mlあたえる.50%糖液は肛門から投与するか,昏睡が認められたら口腔粘膜に直接滴下する.衰弱している子猫に冷たい食べ物を与えない.体温が下がり胃腸のイレウスを引き起こすからである.胃腸の動きが悪くなると食べた物が胃腸内で腐敗してガスが発生し鼓腸となる.子猫は生後3か月齢までおおよそ1日あたり22-26 kcal/体重100グラム必要とするので,適切な栄養補給も大事である.新生猫には2-3時間毎にミルクを与える.4週齢まではミルク等の液体で,4週齢を超える頃から離乳食とする.

 

 

表1. 猫の上部呼吸器感染症(文献5から引用,改変)

 

              伝搬様式                  潜伏期間    臨床症状

猫カリシウイルス      飛沫,媒介             1-2日    結膜炎,鼻炎,口腔内潰瘍

猫ヘルペスウイルス1   飛沫,直接,媒介 2-6日    鼻炎,くしゃみ,結角膜炎

Chlamydophila felis     直接                        2-5日    結膜炎

Mycoplasma felis               直接                         3-5日    結膜炎

Bordetella bronchiseptica 飛沫,媒介            1-2日    結膜炎

 

文献

  1) Gaskell RM, Dawson S, Radford A. Feline Respiratory Disease. In Greece CE(ed) : Infectious diseases of the dog and cat, 4 th ed. Elsevier. Missouri. 2012, pp 151-162.

  2) Gunn MD. : Small Animal Neonatology: They look normal when they are born and then they die. World Small Animal Veterinary Association World Congress Proceedings 2006.

  3) Hora AS, Tonietti PO, Guerra JM, et al. Felid herpesvirus 1 as a causative agent of severe nonsuppurative meningoencephalitis in a domestic cat. J Clin Microbiol. 51 : 676-679, 2013.

  4) Kuger JM, Wise AG, Kaneene JB, et al. Epidemiology of Feline Calicivirus Urinary Tract Infection in Cats with Idiopathic Cystitis. ACVIM 2007.

  5) Miller L, Zawistowski S, . : Shelter medicin for veterinarians and staff. : Wiley –Blackwell, 2004.

  6) Wills JM. Chlamydial infection in the cat. PhD Thesis, University of Bristol, 1986.

  7) 相馬武久.わが国におけるFCV, FHV-1, およびFPLVの疫学データとワクチンについての一考察.VMANEWS. 52 : 55-59, 2006.

© 太刀川 史郎 2013