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犬アトピー性皮膚炎

 

2011年9月17日 日本臨床獣医学フォーラム基調講演(ホテルニューオータニ東京)


みんなで一緒に考えよう犬アトピー性皮膚炎とのつきあい方

Let’s share our thoughts-How to manage canine atopic dermatitis

太刀川史郎(たちかわしろう)

たちかわ動物病院


(講演の目的)

・犬アトピー性皮膚炎について診断と治療について学ぶ

・症例を紹介しながらアトピー性皮膚炎とのつき合い方を理解する

 

(キーポイント)

・犬アトピー性皮膚炎は身体が痒くなる病気だが、痒い皮膚病は他にもたくさんある

・犬アトピー性皮膚炎を診断するための特殊な検査はないので、診察が重要である

・犬アトピー性皮膚炎に対する特効薬はないので、皮膚の状態にあわせて治療を変える


(クライアント指導の要点)

 ・ 犬アトピー性皮膚炎は完治を目指すのではなく、うまくつき合っていくことが大事である。


(要約)

 犬アトピー性皮膚炎は身体が痒くなる病気だが、身体が痒くなる病気は他にもある。また、犬アトピー性皮膚炎は他の病気を併発することで症状が発現しやすくなり、悪化するため、まずは併発疾患をしっかりと治療する事が必要である。 講演では、 犬によって、併発疾患、症状の程度が違うことを紹介し、個々の病態に合わせてご家族と相談しながら治療する事が大事である事を一緒に学びたいと思う。


(キーワード)犬アトピー性皮膚炎 痒み


犬アトピー性皮膚炎とは

 遺伝すると考えられており、環境中に存在する様々な物質に身体が過剰に反応し、 特徴的な臨床症状を示す(表1.)。皮膚に炎症をおこし、痒みを伴う。多くはIgE(アイ・ジー・イー)というタンパク質が関係している。IgEが関与していない場合、犬アトピー様皮膚炎と呼ぶ。


犬アトピー性皮膚炎は身体が痒くなる

 犬は痒いときにどのような行動をとるかというと、身体をこすったり、歯で痒いところをかじったり、爪で引っ掻いたり、身体をブルブル震わせたりする。ちょっと掻くだけならよくあることだけど、痒みが長引くと皮膚が傷つき、出血し、毛が抜けてしまう。慢性化した皮膚の状態を診ただけでは原因がわかりにくくなってしまうので、痒くなった経過をご家族に教えてもらう事がとても大事なんだ。


痒い皮膚病はたくさんある

 痒い皮膚病には、アトピー性皮膚炎だけでなく、ノミやダニなどの皮膚に感染する寄生虫、細菌感染症、マラセチア感染症がある。 食べ物に対するアレルギーも身体が痒くなる。  そして、これらは犬アトピー性皮膚炎と一緒に起こると、皮膚炎の症状を悪化させるので、犬アトピー性皮膚炎の治療をする前に、できるだけ他の皮膚病を治しておく必要があるんだ。


犬アトピー性皮膚炎の診断は難しい

 ノミを見つけることができれば身体が痒い原因はノミだと分かるが、ノミが見つからないこともある。ダニは目に見えるものもいるが、顕微鏡を使わないと見えないダニもいる。細菌は健康な犬の皮膚にも存在するから、痒い犬の皮膚に細菌を見つけても細菌が原因で痒いとはいえない。マラセチアも同様だ。食物に反応して皮膚病が起こる事もある。犬アトピー性皮膚炎はこれらの痒い皮膚病を治療してもなお、痒みがあるときに診断する事が出来る。


犬アトピー性皮膚炎とIgE(アイ・ジー・イー)

 アトピー性皮膚炎と診断された多くの犬にIgEというタンパク質が検出されたので、犬アトピー性皮膚炎を診断するためにはIgEを検査すれば分かるのではないかと考えられた。だけど、 犬アトピー性皮膚炎と同じ症状なのにIgEが検出されない事もあるし、健康で皮膚病がないのにIgEが検出されることもある。このことはIgEの検査だけでは犬アトピー性皮膚炎を診断する事にはつながらない、ということを意味している。


犬アトピー性皮膚炎の治療(表2.)

 犬アトピー性皮膚炎の原因はひとつではなく様々な要素が複雑に絡み合って痒みという症状が出ている。 ほとんどの犬が若い時に発症し、10歳を超えてもずっと治療が必要となることも多い。 治療はずっと同じではないし、皮膚の状態によって治療法を変えていかなければならない。特に慢性化した場合は身体の状態は複雑なので、ご家族の協力がなくては適切な治療をすることが難しい。


グルココルチコイドとシクロスポリン

 犬アトピー性皮膚炎と診断されたら、痒みを抑えるためグルココルチコイドが投与されることが多い。効果はあるが喉が渇く、お腹がすくなどの副作用があり、その結果、トイレが近くなったり、太ったりする。投与が長期になると肝臓が腫れてくることがある。その時にはシクロスポリンが痒みを抑えるために投与される。グルココルチコイドに比べて効果が出るのに時間がかかるのと高価なのでセカンドチョイスとなることが多い。


IgE の検査とアレルゲン特異的免疫療法

 ハウスダストマイトに対するIgEとか、花粉に対するIgEとか、決まった物質に対するIgEがある。IgEが検出された物質をアレルゲンといいい、そのアレルゲンをほんの少しずつ投与して身体に慣れさせて痒みを抑える特殊な治療方法だ。


グレート・ピレニアン・マウンテン・ドッグのテラちゃんの場合

 男の子のテラ(1歳)ちゃんは、生後半年からお腹に赤いブツブツができて一日中身体をかいていた。病院でアレルギーといわれてアトピー性皮膚炎の薬を飲んでたけど痒いのは止まらず赤いブツブツがお腹から胸、四肢にまで広がって来た。


ボストン・テリアのムーンちゃんの場合

 男の子のムーンちゃん(6歳齢)は、2歳齢のときに四肢の指の間が赤くなったがグルココルチコイドですぐに良くなった。5歳齢のときに再発し指の間と口の周りが赤くなって来院した。ハウスダストマイトに対して皮内検査では陽性となったが、IgE検査は陰性であった。その後、だんだんと悪化し、指の間から出血してしまった。


秋田犬の北の大地くんの場合

 男の子の北の大地(10歳齢)ちゃんは、2-3歳齢頃からお腹にぶつぶつができて、耳もパタパタいつも痒そうだった。病院ではお風呂に入ることを禁じられていたので身体がいつもベタベタしていた。薬を飲んでもほとんど改善は見られなかった。当院に来院後にすぐにシャンプーしてさっぱりしてもらい、抗生剤とグルココルチコイドで以前より痒みは減ったが、ペチャペチャおなかを舐め続けている。


フレンチ・ブルドックの空(そら)ちゃんの場合

 男の子(去勢手術)の空( 3歳齢)ちゃんは、生後半年くらいから指の間が痒くなって通院するようになった。その後、耳や身体が赤くなり、散歩すると顔に赤いブツブツができるようになった。


日本犬のマリちゃんの場合

 女の子のマリちゃん(3歳齢)は、生後半年から指の間が赤くなって通院するようになった。IgE検査でハウスダストマイトが検出されたので、お気に入りのソファーを捨てられてしまった。 家族がくしゃみするのは治ったけど、マリちゃんの指の間は痒いままだ。


シー・ズー犬のメイちゃんの場合

 女の子のメイちゃん(11歳齢)は、2歳齢の時に犬アトピー性皮膚炎と診断された。年々ひどくなったので6歳齢の時に病院を変えた。治療でだいぶ良くなっていたが薬をやめると皮膚が赤くなり痒くなっていた。10歳齢の健康診断でコレステロールと中性脂肪、肝臓の異常がみつかった。


柴犬のハナちゃんの場合

 女の子(不妊手術)のハナちゃん(7歳齢)は、生後3か月齢から身体が痒くなり、特に目と口の周りが痒いようであった。生後半年からグルココルチコイドを使い始め、薬を飲んでいる間は良いが、止めるとまた痒くなっていた。シャンプーや食事療法などを試したが年々ひどくなって、特に目を爪でこするから目を傷つけてしまわないか心配だ。



1. Farvotによる犬アトピー性皮膚炎の基準2010

犬アトピー性皮膚炎(AD)に特徴的な症状(5つ以上あてはまるとかなり疑わしい)

  1. 1.3歳齢までに発症している

  2. 2.室内で生活している(散歩は行く)

  3. 3.痒いときグルココルチコイドでよくなる

  4. 4.痒いのに皮膚病変がない

  5. 5.前足に皮膚病変がある

  6. 6.耳に皮膚病変がある

  7. 7.耳の縁に皮膚病変はない

  8. 8.腰と背中に皮膚病変はない


資料2. 犬アトピー性皮膚炎国際調査委員会(International Task Force on Canine Atopic Dermatitis)による標準的治療ガイドライン2010

犬アトピー性皮膚炎の治療法


A. 急性の犬アトピー性皮膚炎に推奨される治療法

;推奨レベルはA-Fの6段階(Aが最も高く推奨され、Fが最も低い)

  1. 1.グルココルチコイドの塗り薬を短期使用(A)

  2. 2.グルココルチコイドの飲み薬を短期使用(A)

  3. 3.刺激の低いシャンプー(B)

  4. 4.悪化因子(ノミ、食事、環境アレルゲン)の同定と除去(D)

  5. 5.抗菌剤または抗真菌剤の薬剤(シャンプー、投薬、塗り薬)(D)


B. 急性犬アトピー性皮膚炎に推奨されない治療法

  1. 1.抗ヒスタミン剤の投薬

  2. 2.タクロリムスの投薬

  3. 3.シクロスポリンの投薬

  4. 4.必須脂肪酸サプリメント


C. 慢性犬アトピー性皮膚炎に推奨される治療法

;推奨レベルはA-Fの6段階( Aが最も高く推奨され、Fが最も低い)

  1. 1.グルココルチコイドの塗り薬(A)

  2. 2.タクロリムスの塗り薬(A)

  3. 3.グルココルチコイドの飲み薬(A)

  4. 4.シクロスポリンの飲み薬(A)

  5. 5.インターフェロンガンマの注射(A)

  6. 6.アレルゲン特異的免疫療法(予防として有効)(A)

  7. 7.必須脂肪酸の投与(B)

  8. 8.血清中アレルゲン特異的IgE検査、皮内反応検査(C)

  9. 9.環境中のハウスダストマイトへの対応(C)

  10. 10.除去食および暴露試験の実施(D)

  11. 11.ノミ予防と駆除(D)

  12. 12.日常的な抗菌剤または抗真菌剤の全身投与(D)

  13. 13.環境および精神的な増悪因子の評価(D)

  14. 14.刺激の低いシャンプー(D)